ゼロ年代研究会

長いゼロ年代(1995〜2011)の社会・文化を研究します。

『リフレイン』創刊します! & 三宅香帆「自己管理アイドルソングの登場――00年代~10年代女性アイドルの歌詞と自己啓発書のメッセージの類似」(抜粋)

お待たせしました。いよいよ、ゼロ年代研究会の会誌を創刊します。

 

その名も『リフレイン』です。

もはや歴史化しつつあるゼロ年代の"残響"を聴いてほしいという思いでこう命名しました。

 

2010年代はスマートフォンの普及に代表されるように、SNSや動画投稿サイトなどのソーシャルメディアが人々の生活の中に深く根付いた時代でした。

いいね数やフォロワー数などの評価が数字で可視化される中、自己をどのように他者にプレゼンテーションするかがいっそう重要な関心ごとになっていきました。

 

YouTuberが人気職業になり、企業は「自己分析」や「学生時代に力を入れたこと("ガクチカ")」を新卒の学生を選別する上で重視するようになりました。

自らの「やりたいこと」を欲望することが社会によって要請され、個人の「内面」までもが資本主義の競争原理に巻き込まれていく時代において、「自己実現」の地位は危うくなりました。

 

そんな時代状況を見据え、『リフレイン』創刊号では「『自己実現至上主義』批判」を特集テーマにしました。

2010年代から爆発的に「国民化」していったアイドルについての論考を主軸に据え、就活、美容整形、「意識高い系」などについても扱っています。

こちらが表紙です。表紙は漫画家の木村紺先生に描いていただきました。

 

 

出展情報は以下のとおりです。

 

京都大学11月祭(11月19~22日(土~火) 体育館)

文学フリマ東京35(11月20日(日) S-08)

コミックマーケット101(12月31日(土) 土曜日東地区 "マ " 05b)

 

値段は1500円です。これらにお越しになれない方にも、随時手売りは受けつけます。ネット通販も年内には開始する予定です。

 

まだ発刊前になりますが、『リフレイン』の試し読みとして

三宅香帆「自己管理アイドルソングの登場――00年代~10年代女性アイドルの歌詞と自己啓発書のメッセージの類似」

の前半部を掲載します!

 

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はじめに―10年代の終わりと女性アイドルブーム

 2010年代の終わり。元号が令和に変わったころ、日本レコード大賞優秀作品賞には4つもの女性アイドルグループが選出されていた。AKB48乃木坂46欅坂46、日向坂46。そのどれもが、作詞家・秋元康のつくった歌詞を歌うグループである。

 アイドルといえば、どのような歌詞の曲を歌うイメージが強いだろうか。松田聖子の『赤いスイートピー』や中森明菜の『少女A』を持ち出すまでもなく、やはり恋愛の曲を歌う印象が強いだろう。それは元号が令和になっても変わりはなく、2019年レコード対象優秀作品賞に選出された曲のうち、AKB48の『サステナブル』、そして日向坂46の『ドレミソラシド』は恋愛の気持ちを歌っている。

 しかし一方で、欅坂46の『黒い羊』は思春期の独白と解釈できる歌詞となっており、そこに恋愛が登場する余地はない。

 

「自らの真実を捨て 白い羊のふりをする者よ

黒い羊を見つけ 指を差して笑うのか?

それなら僕はいつだって それでも僕はいつだって

ここで悪目立ちしてよう」

欅坂46『黒い羊』秋元康作詞、2019年)

 

 

 このような歌詞を歌う本作品は、思春期の鬱屈を歌っているとも解釈し得るが、一方では、組織の内部で必死に自分を鼓舞しようとするサラリーマンの心情吐露のようにも思えてくる。つまり、考えようによっては自己啓発的な側面を持った歌詞だと解釈できるのだ。

 さらに同タイミングでレコード大賞優秀作品賞にノミネートされた乃木坂46の『Sing Out!』は、『黒い羊』よりも更に直接的に人々を鼓舞する歌となっている。

 

「自分の幸せを 

 少しずつ分け合えば

 笑顔は広がる」

「人は皆弱いんだ

 お互いに支えあって

 前向いて行こう」

乃木坂46『Sing Out!』秋元康作詞、2019年)

 

 

 「みんなで支え合おう」「自分の幸せを分け合おう」――このようなメッセージは、まるで書店に並ぶ自己啓発書と同様のものに思えてくる。つまりきわめてポジティブな、自己啓発的メッセージなのである。

 当時2019年末に発表された『第52回 オリコン年間ランキング 2019』の「アーティスト別セールス部門」の「シングルランキング」において、乃木坂46は期間内売上36・4億円で1位を獲得していた。つまり乃木坂46は2019年時点、日本で最もシングル曲のCDを売ったアーティストなのである。そしてそのうちの1曲がこの『Sing Out!』となっている。2010年代の終わり、日本の女性トップアイドルは、恋愛ではなく、自己啓発のメッセージ――ポジティブな気分を分かち合い、みんなで支え合おう――をもってその人気を確立しているのである。

 2019年を代表する女性アイドルグループは、恋愛ではなく自己啓発的な歌詞を歌っている。これについて私たちは特に違和感を持っていない。乃木坂46の『Sing Out!』は、とくに物議も醸さずに日本のトップセールス曲となっていた。しかし、果たしてこの風潮は果たしていつから始まったのだろうか? 女性アイドルが自己啓発のメッセージを発することは、いつから当然のものになったのだろう。

 本稿ではこの問いについて考えるべく、2010年代に流行した女性アイドルと自己啓発的メッセージの関係について論じたい。一体、いつから日本の女性アイドルは自己啓発的な歌詞を歌うようになったのだろうか。

 

 

1.平成の自己啓発書ブームと自己啓発ソング

 女性アイドルに限らないJ-POPの歌詞について、作家の石丸元章とミュージシャンのsinner-yangは「平成のJ-POPは『自己啓発ソング』と呼べる歌が流行した」と2019年の対談で述べている。

 

(sinner-yang)まず、平成のJ-POPを特徴づける大きなトレンドとは何か。これは間違いなく「応援ソング」です。応援ソングとは言うまでもなく、頑張れ、諦めるな、夢を持て、愛を信じろ、といった白々しいくらい前向きなメッセージを基調とする曲のことで、これが平成になって大量生産されるようになった。

(中略)

(石丸)非常に興味深い。自分はこのへんの応援ソングを「自己啓発ソング」と呼んでいます。さらに自分は、これら自己啓発ソング量産の背景には、本物の自己啓発セミナーの流行があると睨んでるんですよね。

(「石丸元章 『危ない平成史』 #01 絶望から始まり絶望で終わった平成の音楽産業・前編 Guest|sinner-yang a.k.a. 代沢五郎 from O.L.H.」)

 

 石丸は、自己啓発セミナーの日本での流行と、自己啓発ソングの台頭が80年代後半という時期で一致していることを指摘する。どちらも「不満の原因は自分の心の中にある、だから自分自身を変えていこう」という考え方を押し出すものである、と石丸は述べる。

 これについて、まず日本の自己啓発的思想がいつから流行したのかを見たい。日本の自己啓発書について研究する牧野(2012)は、1945年~2010年の出版ベストセラー年報(毎年書籍の売れ行き動向を調査する『出版指標年報』による)のうち、何点が自己啓発書に分類し得るか調査を行った。それによると、特に1990年代から2000年代にかけて自己啓発書のベストセラーは増加傾向となっている。もちろん書籍売り上げの分母が異なるため、一概に自己啓発書の売り上げが伸びていると判断することはできないが、それでも90年代以降に自己啓発への関心が高まっていることは確かであろう。

 牧野(2012)によると、自己啓発書の流行は以下のように大きくまとめられるという。

 

1970年代:会社で成功することで自己実現を果たし得るという思想→ライフスタイル・ライフワーク論

1980年代~1990年代前半:バブル経済によって失われた自分の「心」を再発見するという思想→「心」の充実論

1990年代後半~2000年代初頭:自分の内面は技術によって変えられるという思想→ポジティブ思考やイメージトレーニングといった実践的技法(自己コントロール論)

2000年代中盤~①:「自己と自己との関係の構築」によって成功という結果は得られるという思想→自己啓発一般書、スピリチュアルブーム(強い心理主義論)

2000年代中盤~②:内面を掘り下げるよりも日々の習慣や行動の変革が肝要という思想→仕事術、習慣術と脳科学ブーム

 

 そして00年代に勝間和代をはじめとした女性の生き方論(=女性向け自己啓発論)が入ることも牧野は指摘する。牧野の論は2012年出版なので、2010年代のまとめは行っていないが、昭和から平成に至るまでの自己啓発書ブームを概観するとたしかに上のようなものになるだろう。

 牧野は自己啓発書の転換点を、90年代後半に置く。牧野いわく、この時代にはじめて「内面の技術対象化」が思想として登場したのだという。

 

 これらの著作からみてとることのできる1990年代後半の変化を筆者は、先述したように「内面の技術対象化」と表現した。つまり自己という対象が、その哲学的探究や心がまえの体得、精神性の(曖昧な)見直しによってではなく、定型化された技法・プログラムによってその内面を可視化され、また変革・コントロール可能な対象として位置づけられるようになったという変化を看取できるのではないか、と。

(『自己啓発の時代 「自己」の文化社会学的探究』「第二章 自己啓発書ベストセラー戦後史――戦後日本における「自己のテクノロジー」の系譜」)

 

 つまり、自己を啓発する行為――自己実現を果たすための方法そのものは、平成において目新しいものではなく、昭和の高度経済成長期の時代にも模索されていたトピックのひとつであった。70年代に流行していた仏教書、あるいはライフスタイル論もそのひとつだろう。

 そのまま80年代後半、自己実現を果たすための方法論は、バブル経済をきっかけとして「心」の再発見というテーマの流行に飲み込まれる。それは哲学的思索や精神性の見直しによって自分の「心」を探し、あらためて自分の豊かさや人生の目的を考え直す、という試みが主であった。

 しかし90年代後半、自己実現のまなざしは、「心」を「管理」することに向かう。心は探されるものではなく、管理されるものとなったのだ。私たちは心のプログラムを熟知することによって、心はテクノロジーのようにコントロールできる。その結果として、社会における自己実現は果たされる。90年代後半以降、そのような思想が流行した。そしてその結果として自己啓発書の出版数やベストセラー書は増えていく。心のコントロール方法を知りたいと思うからだろう。

 前述した対談の中でsinner-yangが「自己啓発ソング」として指摘していたKANの『愛は勝つ』(1990)、大事MANブラザーズバンドの『それが大事』(1991)、ZARDの『負けないで』(1993)は、牧野の自己啓発書史観においてはちょうど90年代初頭の「心の充実論」が流行していた時代に合致する。『負けないで』の「どんなに離れていても 心はそばにいるわ 追いかけて 遥かな夢を」(作詞:坂井泉水)という歌詞はたしかに「心の充実論」の流行時期の代表ソングといってよいのかもしれない。「あなた」が夢を追いかける時に支えとなるのは、「私」の心がそばにいること、なのだから。

 

 

2.モーニング娘。と『チーズはどこへ消えた?

 牧野が「内面の技術対象化」という変化を指摘した90年代後半以降、人気アイドルグループとしてモーニング娘。が流行していた。

 同じアイドルグループであっても、80年代後半に流行したおニャン子クラブの歌詞と、90年代後半に流行したモーニング娘。の歌詞で根本的に異なる点がある。それは、恋愛の要素が入って来るかどうか、だった。

 80年代後半に流行したおニャン子クラブの代表曲は「セーラー服を脱がさないで」(1985)「かたつむりサンバ」(1987)「ウェディングドレス」(1987)など、どれも彼女たちを彷彿とさせる女性の恋愛心情についての歌詞が中心である。これに対し、90年代終盤~00年代初頭のモーニング娘。の代表曲は、「ザ☆ピ~ス!」(2001)「I WISH」(2000)「ここにいるぜぇ!」(2002)。つまり恋愛の要素が入りつつも自己や社会を励ます歌が多いのだ。また「LOVEマシーン」(1999)や「恋愛レボリューション21」(2000)といった一見恋愛をテーマにした歌も、「日本」や「地球」など、社会を彷彿させる単語が入り込む。

 つんくが作詞を手掛けるモーニング娘。の歌は、世界や社会への肯定を歌っているように見えて、実は、「世界や社会とは切り離されたところで」自己/個人の変革を励ます歌が多いことが特徴的である。モーニング娘。の歌の論理は、世界や社会がどのような状態であっても、「それとは切り離された状態で」、自分は自分を肯定し、人生を好転させていこう、というものになっている。

 たとえばモーニング娘。の代表曲『LOVEマシーン』(1999)の有名なフレーズには「どんなに不景気だって 恋はインフレーション」という歌詞がある。これは「社会がどのような状態であっても、個人の恋愛を楽しもう」という主張にほかならない。つまり社会は変わらなくても、(この場合は恋愛によって)自分の気分は変えていける、ということである。

 あるいは代表曲のひとつ『I WISH』(2000)は、「ひとりぼっちで少し退屈な夜」を過ごしていた主人公が、「誰よりも私が私を知ってるから 誰よりも信じてあげなくちゃ!」と思い直すことで「人生ってすばらしい」と世界を捉え直す歌詞となっている(参照:参考画像1)。作者は「自分のことを信じる」ことによって、自分の人生について「全ていつか納得できる」ようになる、と歌の中で語りかけている。それは同曲の終盤、「同じ道」であっても、自分の捉え方によって「なんか見つけ」られる、という歌詞でも繰り返し主張されるテーマである。つまり『I WISH』は、社会がどうであっても(=晴れでも雨でも)自分の捉え方次第で人生は肯定できるようになるのだ、というメッセージを発する歌である。

 この『I WISH』の論理はまさに「内面のコントロールによって人生の捉え方を変えられる」という、90年代後半の「内面の技術対象化」の思想そのものではないだろうか。

 このようにモーニング娘。の歌詞には、しばしば当時流行していた自己啓発的思想が覗く。それは社会がどうであれ、自分を変革することで、人生は好転させられる、という発想が、既に当時一般的なものになってきたからなのではないか。

 もちろん女性アイドルグループらしい「恋愛」という要素も忘れられていない。『I WISH』にも「愛する人の為に」という一文が最後に存在する。だが、恋愛のメッセージと自己啓発のメッセージが一体となって歌われていることそのものが、00年代初頭のアイドルグループの特性だとも捉えられる。

 

(参考画像1:モーニング娘。『I WISH』の歌詞は『リフレイン』本誌では掲載していますが、本記事では省略します)

 

 『I WISH』の発表と同時期に出版された自己啓発書には、『チーズはどこへ消えた?』(2000)がある。本書は自分の求めるものをチーズと置き、それを得るための振る舞いを解説することで、「自分を変化させ、行動せよ」というメッセージを伝える。「最大の障害は自分自身の中にある。自分が変わらなければ状況は好転しない」というのが本書の主張となっている。牧野が、自己を働きかけの対象とする時代の一冊として挙げた自己啓発書でもある。

 モーニング娘。の歌詞はきわめて『チーズはどこへ消えた?』的である。自分の欲しいものを得るために、自分を変化させよ。そのメッセージをアイドルグループが歌うことになったのは、90年代後半から00年代というまさに自己啓発の思想の転換点に彼女たちが立ち会ったからではないだろうか。

 モーニング娘。が既に国民的アイドルになった後の2002年、『ここにいるぜぇ!』(2002)が発表される。この曲の中では、恋人の存在は仄めかされているものの「夢の翼を広げ」「自分をブチ破れ!」「いいわけなど GOOD BYE BYE」「チャンスはそこにある」「すべてはまだ学ぶ途中」と、自分を変革し、夢を掴むという目標をより直接的に歌っている。『チーズはどこへ消えた?』を参照するまでもなく、00年代初頭の「自己変革ブーム」ともいえる風潮は、アイドルたちの歌う歌詞まで変化させていたのだ。

 

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参考文献

石丸元章、sinner-yang「石丸元章 『危ない平成史』 #01 絶望から始まり絶望で終わった平成の音楽産業・前編 Guest|sinner-yang a.k.a. 代沢五郎 from O.L.H.」(2019年3月20日更新、2022年9月28日閲覧、URL:https://hagamag.com/series/s0058/2869

牧野智和『自己啓発の時代 「自己」の文化社会学的探究』(2012、勁草書房

スペンサー・ジョンソン著、門田美鈴訳『チーズはどこへ消えた?』(2000、扶桑社)

藤由達藏『結局、「すぐやる人」がすべてを手に入れる』(2015、青春出版社

吉野源三郎羽賀翔一漫画 君たちはどう生きるか』(2017、マガジンハウス)

 

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試し読みは以上になります。ページ数は260ページで、「自己実現至上主義」についてさまざまな角度から迫っていますので、ぜひご購入ください!

以下、『リフレイン』全体の目次になります。

 

【目次】

〇自己管理アイドルソングの登場――00年代~10年代女性アイドルの歌詞と自己啓発書のメッセージの類似
三宅香帆

〇長いゼロ年代におけるアイドル声優 アイドル声優の起こりと確立までの変遷
西方刹那

〇「憧れ」と「実現/肯定」としての『アイカツ!』──「子供向けアニメ」的物語の構造分析序論
幸村燕

〇『ラブライブ!』の「自己実現至上主義」
ちろきしん

〇『響け!ユーフォニアム』座談会
ゼロ研編集部企画

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